新年早々、市内を歩いていると「アリオ久喜」に期待する会話が聞こえてきた。市民の間にも「アリオ久喜」という名称が浸透してきたのだろう。そもそも鷲宮町はなくなり、私たちの記憶から薄れているのだから名称に鷲宮を入れる必要はないし、入れること自体が久喜市にとって無礼なことではないだろうか。

そのような中、イトーヨーカ堂の会社人事が日経新聞に載っていた。鷲宮には加古川から来た人間がストアマネージャーをするそうだ。このマネージャーにとっての大きな仕事は鷲宮の存在を市民の中から消すことではないだろうか。

久喜は合併によって鷲宮を救済し、民主主義をもたらした。その恩を町民たちは一生忘れてはならない