久喜の新時代が始まる
栗橋
26日は非常に重要な日だ。
12月 24th
多くの久喜市民や鷲宮、菖蒲、栗橋の町民たちは、合併の枠組みは今の状態がベストだと確信しているが、今月の26日に幸手市をこの素晴らしい合併の枠組みに入れるかどうかの話し合いが行われる。
私は以前から幸手が入ることに反対だと書いてきた。今でもその想いは変わらない。
なぜ幸手が入ることに反対なのかというと、それは幸手の財政状態はとても悪く、下水道の整備率も我が久喜市の半分近くなのだ。
また皆さんが知っているように幸手駅には西口がない。それを整備するになっても非常に莫大な金がかかる。
しかも幸手駅の利用者は駅周辺からも読み取れるように大変減っている。(例:幸手駅の乗降客数平成7年は1日21,240人から平成17年は14,710人に。都市交通年報から)
そのような財政状態も悪く、都市基盤の整備に莫大な金が掛かる所と合併をして、誰が一番得するのだろうか。反対に一番損をするのは久喜市民だろう。
合併は目的は貧乏な自治体を救うのではない。財政力の強い素晴らしい市を作るのが本当に素晴らしい合併なのだ。
また人口が多いだけでも意味がない。それは春日部市の財政状態を見ていただければ分かることだ。
皆さんにも何が本当に正しいのかを考えていただきたいものだ。
昨日の事故から我が久喜市に必要なものを考える。
12月 19th
昨日、『セブンイレブン久喜東5丁目店に車が突っ込む。』という大変残念な記事を書いた。
事故にあった男性は命に別状はなく、大丈夫そうなので大変良かった。
人生には思いがけないことがたくさんある。皆さんも私も、我が久喜市は安全だからといって気を抜いているかもしれないが、こういうことをあるので注意をしていただきたい。
だが、この事故で非常に気になる点があった。それは事故にあった男性が川越市内の病院まで運ばれたということだ。これは非常に重要な問題であると私は思う。
我が埼玉県では横への移動が大変不便である。そのような状況の中、一刻を争う救急患者を川越まで運ぶということは、非常にリスクが高いことだ。そこで私はこのようなリスクを減らすには何が必要かということを考えた。 More >
多くの正しい人が幸手以外を支持。
12月 14th
昨日の合併に関する報道がされた後、非常に多くの人たちがこの久喜市を中心とした、鷲宮町、菖蒲町、栗橋町の合併は大変良いものだと評価している。
一方、幸手市が入るということを非常に多くの善良な市民や町民たちが心配をしていることが、人気掲示板サイト『2ちゃんねる』のスレッドからよくわかる。
どうしてここまで多くの人たちが、幸手市に関して大きな大きなマイナスイメージを持っているだろうか。
それは過去の出来事を多くの市民や町民たちが忘れていないからだろう。
例えば「桜宮市」という新しい市名が出たとき、多くの久喜市民は特に気にしてはなかった。
なぜなら協議をされて決まったことだからだ。しかし合併が破談した後、財政事情の悪い市の住民が「名前が気に喰わなかったから反対したんだ」と今でもうそをいい続けている。このことは大変残念なことだ。多くの久喜市民はそんなことで反対をしたのではない。幸手市の財政状態が非常に悪く、さらに悪くなることを予測していたから、多くの市民は反対したのだ。
さらに、一番損をしたのは鷲宮町民やその職員たちであろう。上記の掲示板にも幸手が入ったせいで、全てがダメになったと書いてある。非常に気の毒なことだと私は思う。多くの鷲宮町民の表情があの日を境に暗くなったことを私は今でも忘れることはできない。
しかし私たちは希望を見つけることができたのだ。それは幸手市抜きで合併をすることだ。これしか適切な方法はない。そして幸手市民の皆さんは、幸手市が我が久喜市との合併をすることを反対していただきたい。そうすれば、多くの周辺市町住民からの信頼を取り戻せるだろう。
いよいよ、正しい合併協議会設立へ
12月 13th
今朝の新聞にもあったように、我が久喜市を中心にし、鷲宮町、菖蒲町、栗橋町の素晴らしい枠組みで、2008年4月に法定合併協議会を設置することになった。
このことは多くの市民、町民、職員たちにとって、大きなプラスになる大変素晴らしい話である。
そして、もうひとつ素晴らしいことが載っていた。それは財政の状態が非常に悪い幸手市に関しては様子をみるということだ。
もしここで幸手を入れてしまったら、この合併はごく一部の人間の利益にしかならず、ただ人口が多いことだけしかメリットはないだろう。20万人の人口になれば大きな権限を得ることができるが、20万人の人口に見合う財政能力があるのかということに関して大変疑問に思う。人口のために夕張を組み込むようなものだ。
また多くの久喜市民や菖蒲町民などが、幸手の借金を負担することを疑問に思うだろう。
財政状態の大変悪い幸手は入っていなかった。本当に本当に良かった。目先の利益に釣られず、冷静に判断をしたという結果であろう。
このことから、将来の素晴らしい未来を描くことができるのだ。視覚的に表わすと、もし間違った枠組みなら、このようなものになってしまうかもしれないのだ。正しい枠組みだと、このようになる可能性もなくはない。
正しくて立派な皆さんにも何が正しいのかを冷静に考えていただきたいものだ。
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