久喜の新時代が始まる
菖蒲
合併協議会が開かれる
5月 9th
最近、暑い日が続いている。そして昨日は深夜に地震があった。震度4であったが揺れをあまり感じることはなかった。まるで我が久喜市の市政のようであった。
5月7日に記念すべき第1回久喜市・菖蒲町・栗橋町・鷲宮町合併協議会が開かれた。
非常に素晴らしいものであったと多くの議員がウェブサイト上で評価している。
ただ今回の協議会は事務的なことを決めるものであり、我が久喜市の偉大なる未来を決めるものではない。
そして、6月に抽出された20歳以上の住民(我が久喜市では6000人、町でやる必要はないと思うが)に住民意識調査が実施されることが発表された。
このような民主主義を大事にする姿勢は、早稲田大学卒である我が久喜市長の民主主義を大事にするという姿勢の表れだろう。
この意識調査の内容はまだ知らされてないのでわからないし、正しい方に届くかはわからないが是非とも我が久喜市の利益になることを書いていただきたいものであるし、久喜が中心だということを忘れないでもいただきたいものだ。
何を書いたらいいかわからない方のために、どう書けばいいのかという例をそのうち出すので安心していただきたいものだ。
新・久喜市を創る合併協議会は7日
5月 2nd
もう連休が始まったという方もいるだろう。また、このウェブサイトを見ている方にいないと思うが、ずっと連休中の方もいるだろう。
多くの市民は連休中、道路をたくさん使うことになる。そのときに考えて欲しいことは、どうしてその道路があるのかということだ。そのことが分かれば、きっとガソリン税に感謝をすることになるだろう。
正しい人間は正しいことをわかってなければ、正しくないのである。
そんな中、連休明けに合併の中心となる我が久喜市で合併協議会が開かれる。今回の協議会は多くの市民に直接的に関係のないものである。
だが油断をしてはいけない。油断をすると立場を分かってない町の空気の読めない発言を許してしまうことになる。
多くの市民は今回の合併を「久喜市民の久喜市民による久喜市民のための」と考えている。
それらを町民の方々は理解し、合併協議会を見守っていただきたいものである。
我が久喜市の平均寿命は?
4月 25th
最近、新しい保険制度が始まり、多くのお年寄りの皆さんが喜んでいると報道されている。
やはり素晴らしい世の中を作るには、ちゃんと負担していくのが筋であろう。
そんな中、厚生労働省から平成17年市区町村別平均寿命が発表された。
我が久喜市は男は79.0年で女は85.0年だった。
この数字は非常に素晴らしいものである。
我が久喜市と合併したい町は以下の通りである。
| 男 | 女 | |
| 菖蒲町 | 78.4 | 84.2 |
| 鷲宮町 | 79.0 | 84.7 |
| 栗橋町 | 79.1 | 84.5 |
やはり素晴らしい市っていうのは、皆幸せだから平均寿命が長いのだろう。だからそのような数字が出たのである。
どうすれば子供達のために素晴らしい我が久喜市を残せるのかを考え、どうすれば市に対し負担を掛けないかを真剣に考えていただきたいものである。
素晴らしい圏央道、我が久喜市は東北への玄関口となる
3月 30th
圏央道の鶴ヶ島ジャンクションから川島インターチェンジまでの7.7キロメートルが3月29日に開通をした。(外部:開通セレモニーの様子)
この開通は将来の我が久喜市へと繋がる圏央道の大きな一歩となっただろう。
圏央道の沿線は非常に魅力的なのでいろんなものができる。
例えば入間では三井アウトレットパーク入間とコストコホールセール入間倉庫店がオープンする。
そして川島町の川島インターチェンジ(仮称)北側地区は成功すると言われている。
もちろん我が久喜市の一部になる菖蒲町の菖蒲白岡IC(仮称)地区も成功するに違いない。
参考 埼玉県都市整備部田園都市産業ゾーン推進室
朝日新聞の埼玉版の企画で圏央道に関することがあり、土曜日は我が久喜市が大変素晴らしくなるという内容のものだった。
我が久喜市で圏央道と東北道が繋がることによって初めて圏央道の素晴らしい効果が現れる。
このことは周知の事実であり、改めて説明することはない。
また上の朝日新聞の記事に、商工会が菖蒲町と鷲宮町の大型商業施設を気にしているというものがあった。
しかし我々市民の多くは歓迎をしているに違いない。なぜなら我が久喜市にある商業施設の一部になるし、我が久喜市内への渋滞が解消されるものなるからだ。
ただ私が心配をしていることは、なくなってしまう菖蒲町や鷲宮町という名前を商業施設につけることだ。
ここは思い切って「モラージュ久喜」や「アリオ久喜」にしてみてはいかがだろうか。そうすれば多くの市民から愛される素晴らしい商業施設になるのだ。
モラージュの方は難しいと思うが、アリオの方には正しい決断をしていただきたいものである。
最後に我が久喜市が「東北の玄関口」ということであるがまさしくそうなるだろう。多くの流通業などが注目をしているし、それは実感をできるものである。
実際、利根川を越えてしまうと東北のようなものであるが、圏央道ができることによってそれが一層分かるようになるだろう。
我が久喜市は東北の玄関口として偉大なる発展を遂げるに違いない。
圏央道ができる頃に久喜市民の一部になる方々にもそこら辺を理解し、我が久喜市の発展に貢献をしていただきたいものである。特に重要な土地を持っている方などには。
民主化が進んだ大利根町はどうするのか?
3月 28th
日曜日に大利根町で選挙があり、現職の候補者を我が久喜市にある久喜高(私はよく知らないが)出身の候補者が大差で打ち破った。(大利根町町長選挙開票結果)
このことは大利根町の民主主義の大きな前進になるに違いないだろう。
この勝った候補は現職と違い合併推進派である。それでどこと合併をしたいかが問題にもなる。
そして、それは今後の我が久喜市の発展において非常に重要な問題になるかもしれない。
まず大利根町とはどういうところだろうか。私は大利根町のことをまったく知らないし、多くの方々も知らないだろう。大利根町のウェブサイトを見てみると、あまりにも内容がないもので驚いてしまうし、議会の情報がまったくない。
しかし、そこにはある程度の工業団地があるらしい。もし大利根町が我が久喜市を中心とした合併に加わるなら、それが我々久喜市民にとっての受け入れる理由になるだろう。
ただ大利根町の財政状態は我が久喜市のように素晴らしい状態とは言えないのである。
一番分かりやすいのは栗橋駅西口の区画整理ではなかろうか。先進的な我が久喜市から離れてしまうとあれほどの物になってしまうんだとも実感できるものだ。
他にも栗橋町、北川辺町との合併前にいろいろな施設を作ったともいう話もある。
私が以前から主張しているようにただ我が久喜市を大きくすればいいのだとは書いていない。素晴らしい市になってもらわなくては困るのである。
この素晴らしい市にするのには合併前の久喜市を中心に多くの公共投資が必要になる。それを理解しているから菖蒲町、栗橋町、鷲宮町が我が久喜市を中心とすることに賛成をしたのだろう。
一方、我が久喜市と合併を一方的に望んでいたある市はそれを理解していなかった。だから断られたのだろう。
そして何よりも政治状況が大切になる。それは新『久喜市』の議会でいかに我が久喜市を中心とした案に賛成できるかが大切であり、それができなければ我が久喜市にとって利益はまったくないのである。
大利根町の状況はまったく分からないが、我が久喜市を中心とした枠組みに将来加わりたいのなら、そこら辺をしっかりと意識していただきたいものである。
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