久喜の新時代が始まる
鷲宮
さよなら栗橋町、菖蒲町、鷲宮町 これからは久喜市の新時代だ
3月 22nd
いよいよ今日(平成22年3月22日)、栗橋町、菖蒲町、鷲宮町がなくなり、明日(平成22年3月23日)からは我が久喜市の一部となる。
市民の皆様は財政状態が悪く、インフラもあまりに整備されていないこれらの町を抱えることによって大きな負担になるというイメージもあるが、市民や町民らにも明るい未来への第一歩になだろう。
ここまでの道のりは大変長かった。きっと市民の皆様も今までの数多くの苦労があったことを思い出しているに違いない。
我が久喜市が幸手市を含む合併に巻き込まれたりと散々なことがたくさんあった。私は幸手のことを誰よりも知っていると自負できるぐらい幸手のことが好きであるが、正直、財政状態が大変悪く、公共インフラもろくに整備されていなく、議会もバラバラなところとは合併をしたくなかった。
それは我が久喜市の利益にならないことは分かっていたし、我が久喜市にとってもメリットよりもデメリットのほうが大きかったに違いなかった。
そのようなことを多くの市民の皆様が知っていたおかげで、我が久喜市はその合併を失敗させることができた。だから今の素晴らしい久喜市があるのだ。鷲宮町民らにとっては残念な結果であり、後の財政状態の更なる悪化へと繋がったが、それは自分自身の問題であり、町民の責任なのであるからその事実を受け入れていただきたいものである。
久喜市民になることによって多くの町民らが喜びを感じているに違いない。今までの進んだ民主主義がなかった町から、民主主義の手本と言われている我が久喜市の一部になることは町民らの暮らしを一変させることになるだろう。
我が久喜市の議会は先進的だと言われており、そのことは外部の調査の結果からも明らかである。そのような素晴らしい議会へ誰を送り込めばいいのか町民らは迷うことなるが、多くの町民はきっと久喜市の与党の市議を応援するかと私は思う。なぜなら彼らのおかげで今の素晴らしい久喜市があるのだから。
そして、市民の皆様はこの合併が長期的な視点で見ると我が久喜市の利益になることを忘れてはならない。確かに財政状態が悪く、インフラもろくに整備されてなく、魅力もあまりないこれらの町であるが、少なからず我が久喜市にとって利益になることはある。
菖蒲町には我が久喜市同様、圏央道が通り産業団地などの整備が進んでいる。このことは我が久喜市の雇用や税収に多大な貢献をすることになるだろう。また広い空き地もたくさんあるのでゴミ焼却炉が古くなったときには菖蒲町内に建設をすることが解決策になるかもしれない。
栗橋町には特徴もなく、何もなく栗橋駅前の土地が売れ残るなどの暗いイメージぐらいしかないが、ボートピア栗橋ができたことによって少なからず我が久喜市へ貢献できるようになった。過去に我が久喜市へのボートピアの建設計画があったが、反対にあい立ち消えになってしまった。栗橋町はそのような施設を受け入れられる環境があり、今後の久喜市にはプラスかもしれない。
鷲宮町にも特徴はなく駅周辺だけに住宅街だけがあると言った印象である。そして久喜市の協力によって進められているアリオ久喜が出来る予定である。このアリオ久喜は我が久喜市の賑わいのある場所の一つとなるだろう。もちろん我が久喜市の商店街にとっては影響がでることとなるだろうが、仕方のないことなので是非とも頑張っていただきたいものである。
新・久喜市を素晴らしいものだと感じられるようになるには町民らの協力が必要なのである。その協力とは選挙に行き、真剣に投票をすることである。それが第一歩なのである。市長選は無投票になる可能性が高く安心できるが、市議選は激戦である。
久喜市がどうすれば素晴らしくなるのかを考え、投票に望んでいただきたいものである。
東鷲宮駅エスカレーター、エレベーター使用開始は明日から
3月 19th
いよいよ今日から我が久喜市を中心とした合併をする市町のウェブサイトの閲覧が停止する。本当に合併が目の前に迫っているものだと感じさせる出来事だ。
町がなくなり、我が久喜市の新たな時代が始まるが、町民たちには新久喜市がどうすれば素晴らしくなるかを心から考えていただきたいと思う。そして、その考えを投票行動へ繋げていただきたいものだ。
そんな中、明日(2010年3月20日)からJR東鷲宮駅のエスカレーター、エレベーターの使用が開始される。このエスカレーター、エレベーターは多くの町民の皆様が我が久喜市との合併が約束されたことによって造られたと思っているので、我が久喜市への忠誠を高めるものだと言われている。
私としては、3月23日以降に使用を開始して頂きたかったものである。そうすればますます効果が高まったに違いない。
このエスカレーター、エレベーターは東鷲宮駅の橋上化にも対応出来るものらしいが、そのようなことは永遠に訪れないだろう。東口の住民は良く不便だと言っているが、それを受け入れた上で東口側に住んでいるのであるから、そのような我侭は聞き入れなくていいのである。
新久喜市には財政状態の悪い町を受け入れたことがあって、厳しい状況になるだろうが久喜市を伸ばすためにも公共事業の削減は極力なくして欲しい。
やっぱり らき☆すた住民票大量売れ残り!! 本当に恥ずかしい
3月 15th
昨日の読売新聞埼玉版で、『らき☆すた』住民票大量売れ残りという記事があった。私はそれを見た時、以前の記事でこのようなことを書いたことを思い出した。
オタク達はすぐに次の似たようなアニメに心が移ってしまい、部屋の中のフィギュアの多くは埃をまみれになっている。
それが現実の形になってしまったのが、この大量の売れ残りのことではないだろうか。
人気掲示板「2ちゃんねる」には、「らきすただの何だのに躍起になっているのは東武線鷲宮駅周辺、鷲宮神社近くの商店街の人達だけで、JR東北線東鷲宮駅周辺などの住民の多くはそんなことに全く関心も興味もありませんし協力もしてない。」との書き込みをしていた。これが真実なのである。誰もこのようなアニメキャラクターを好きになるような人たちにはかかわりたくなかったのだろう。
私はこの問題に対し、誰かがこの問題に対し責任をとる必要がある。まずは鷲宮町の職員ではないだろうか。このような甘い見込みをするような人は、新・久喜市には必要とされないし、必要ないだろう。町民の皆様が一生懸命仕事をし、税金を納めているのにこのようなことをされたら、納税意欲がなくなってしまう。職員で買取るなどしていただきたいものである。
また、このような甘い見通しをする町では公共事業もやる必要はないだろう。新・久喜市では鷲宮町での公共事業は極力減らしていただきたいものである。
さらに、このような甘い見通しを追求しなかった議員にも責任がある。どっかの議員は積極的にイベントに参加をしていたようだが、今の心境を聞きたいものだ。
新・久喜市ではこのアニメのことを忘れ、オタクたちのためでなく、市民のためになることを考えなくてはならない。そしてオタクたちには彼らの聖地・秋葉原に帰ってもらおう。
新・久喜市の『主な事務事業の調整結果』は少し残念
2月 12th
最近、久喜市にある鷲宮南部開発の予定地を見てきた。調節池はある程度できていたが、まだまだという感じであった。いつオープンするかはわからないが、我が久喜市の素晴らしさが詰まっている素晴らしい商業施設になると思うので静かに見守っていきたいものである。
そんな中、我が久喜市から『主な事務事業の調節結果』(PDF)が公表された。
その内容におおむね満足をできるが、我々久喜市民の利益に繋がらないものがいくつかあり、非常に残念な感じがした。
代表的なものが駅舎の橋上化である。区分は目的で、JR東鷲宮駅の利用者の利便性の向上を図るためと書いてある。
これが調節の結果なくなるものだと多くの市民の皆様が思っていたに違いない。私もそうだ。利用者が少ない東鷲宮駅にはエスカレーターとエレベーターが設置されるので、橋上化はまったく必要ないと考えるのが普通ではないだろうか。東鷲宮駅が便利になったって多くの市民には関係ないことなのである。今まで通り東口の住民は地下道を利用し、駅まで行けばいいのである、
世の中、便利になれば何でも喜んでしまう傾向があるが、そこには多大な税金を投入しなくてはならないという現実がある。 もちろん我が久喜市で行う公共事業は費用以上の効果があるので積極的に行う必要がある。
市民の皆様もそのことを考え、新市の選挙に臨もう。
新しい市に図書館はそんなにいらないと思います
1月 25th
もう合併まで2ヶ月を切っている。久喜市民になる町民たちは心の準備はできているだろうか。そして企業の皆様は封筒などの準備はできているだろうか。我が久喜市になり様々なメリットが待ち受けているので、きっと多くの町民らは嬉しさで眠れいない日々だろう。
そんな中、我が久喜市には立派な県立図書館と市立図書館、教育・研究目的で東京理科大学経営学部の図書館を利用できる。もちろん理科大の久喜キャンパスは我々久喜市民の支援でできたのだから当然の権利であろう。
このように教養ある市民の皆様にとって我が久喜市の図書館の環境は大変恵まれているのではないかと私は思う。だが、よく考えると合併したら我が久喜市にはさらに多くの図書館が存在することになり多くの税金が使われてしまうだろうかと心配してしまう。
そこで私は図書館を統廃合していただきたいと思う。図書館を維持するには多くの費用が掛かり、合併した効果をだしたいなら避けられないものだろう。どこを潰し、残すかが問題になると思うがとりあえずは利用者の少ない図書館を廃止すべきだろう。もちろん我が久喜市にある図書館は大変利用者が多いので心配はないが、田んぼの真ん中にある図書館などは誰も行きたいとは思わないだろう。
もちろん図書館がなくなり不便は生じるだろうが、それは仕方のないことだろう。いつまでも自分のところは大丈夫だという意識を捨て、合併の本当の意味を考えていただきたいものである。
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