Posted by admin on 31st, 2008
合併で新市名が「久喜市」になり、多くの市民や町民たちが喜びに浸っていた。しかし鷲宮町では多くの家屋などが水に浸ってしまった。
我が久喜市では30時間の降水量が228ミリと非常に大変なものだったが、道路が冠水で通行止めになる程度のものであった。
やはりこれは我が久喜市のインフラが整備されいたおかげではないだろうか。
2008年8月30日の朝日新聞の埼玉版を見ると鷲宮町の地下道が冠水した写真が載っていた。また水の中(水がない箇所があるのに)をつき進む人の写真も載っていた。また鷲宮町では5棟が床上浸水、200棟が床下浸水したそうだ。
被害に遭われた方には非常に大変であろう。お見舞い申し上げたい。
しかし、鷲宮町の皆さんには大きな希望がある。それは我が久喜市との合併だ。希望の光はあるのだ。
我が久喜市と合併をすれば大きくインフラ整備が進むことになるだろう。
合併はこのような災害を防ぐためにも必要であると多くの人に感じさせただろう。
新・久喜市では必要なところには投資(全地域は不可能)をし、素晴らしい久喜市を守ろう。
Posted by admin on 29th, 2008
非常に強い雨が降り、鉄道などに大きな遅れが出た。(2008年8月28日の10分ごとの我が久喜市のアメダス)(関東一部で記録的大雨 気象庁、注意呼びかけ-日経ネット)
我が久喜市の久喜駅で非常に多くの利用者をもつJR宇都宮線は栗橋駅でのポイント故障の影響などで非常に遅れていた。
多くの利用者が東武線みたいに久喜駅で分断をしていただきたいと思っただろう。私もその一人だ。小さな利益よりも大きな利益を優先していただきたいものである。
そんな中、昨日(2008年8月28日)に開かれた第4回久喜市・菖蒲町・栗橋町・鷲宮町合併協議会において新市名が「久喜市」になることが確認された。予定より遅れたが満足のいくものである。やはり久喜市以外の選択肢はなかったのである。
この決定に多くの久喜市民以外の方が喜んでいると聞く。
鷲宮町在住の男性は「最近、鷲宮町のイメージが自分の望んでないものになっていましたが、久喜市になって嬉しいです。」と仰っていた。
菖蒲町、栗橋町、鷲宮町は一部の方しか知らないぐらいの地名度の町である。残念ながらなくなってしまっても多くの方が気付かないのではなかろうか。
しかし、久喜市がなくなってしまうと周辺地域にも、経済的にも多大な影響を出すことなる。そのことは多くの方が知っていた。
久喜市民になる菖蒲町民、栗橋町民、鷲宮町民たちは久喜市民としての自覚と品格をもち、恥ずかしいことはやらないでいただきたいものだ。
Posted by admin on 22nd, 2008
夏の終わりが近づいてくるにつれて、我が久喜市を中心とした合併もだんだんと近づいてくる。
そして景気の悪化も懸念されているがこのウェブサイトを見ている多くの方は、きっと空売りなどをして事前に対策をしているだろう。
そんな中、我が久喜市の都市計画事業の(仮称)清久工業団地周辺地区土地区画整理事業の環境計画評価の調査計画書の縦覧が8月19日から始まった。
この(仮称)清久工業団地周辺地区土地区画整理事業はどのようなものかを詳しく知りたい方はこちらのページの第2章 都市計画対象事業の目的及び概要 (PDF:736KB)を見ていただきたいものである。(平成20年9月19日まで)
私はその概要を見たとき、新・久喜市はやはり我が久喜市を中心にし素晴らしくなると確信し、この周辺地域で不動の地位であり続けると確信をした。
まずこんな素晴らしく、圏央道もでき、利便性の大変高い土地は我が久喜市以外にはありえないのではなかろうか。だから進出する企業が既に決まっているのだろう。
このような計画が我が久喜市にあるとしった町民達はますます我が久喜市と合併したいと思っただろう。
そう思ったなら正しい行動をすることが大事である。町長選(おそらく無投票になると思うが)のある鷲宮町、栗橋町の町民達は正しい候補者に投票する必要がある。正しいとは書かなくても分かるだろう。
そして久喜市民の皆さんは合併後も我が久喜市を中心に投資させるために何をすればいいのかを考えよう。
Posted by admin on 5th, 2008
非常に強い雨の日がとても多い。しかし、そのような強い雨でも多くの市民や兆民達の合併への想いは流されないだろう。
そして、そのような雨には対応をするには正しい公共事業が必要である。
そんな中、合併協議会だより第3号が発行された。
今回の表紙は残念ながら我が久喜市ではない。本多静六という新・久喜市にはあまり関係のない人物だ。
今月の合併協議会だよりの中身は、新市名が「久喜市」になったとか、役所の位置が現・久喜市役所になったということが本来は載るはずであった。
しかし一部の委員のせいでそうならかったことは残念である。
そして、今どうして合併が必要かというページがある。
多くの皆さんはもう既に分かっていると思うが、それは素晴らしい久喜市を作るためである。
Posted by admin on 1st, 2008
世の中、イメージというものが大変大事である。
前の記事でも書いたが、人は見た目が重要である。皆さんのが学生の頃、よく先生が仰っていただろう。
誰にも不快に思われないようにすることはとても大事であるし、最低限のことなのである。
最近、そのようなことを忘れてしまっているものが大変多い。非常に残念なことだ。
そんな中、去年オタクが来ることで有名になった鷲宮町ではこのような光景が普通になってしまった。(鷲宮町で見られる日常的な光景、鷲宮町を訪れる普通のファン)
このような光景がアメリカ第2位の新聞 The WALL STREET JOURNAL.で報じられた。このことを多くの利益のない東京に程近い活気のない町の住人の鷲宮町民はどう思っているだろうか。
人気掲示板『2ちゃんねる』では、どのような評価をしているかを紹介したい。
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Posted by admin on 31st, 2008
人は見た目で評価される。このことは世界共通である。
例えば、大きなリュックサックとカメラを抱えていたら人はどう思うだろうか。
そんな中、蓮田市と白岡町の合併協議会のウェブサイト(http://hs-gappeikyo.city.hasuda.saitama.jp/index.html)が開設された。
我が久喜市の合併は対等合併だが吸収合併のようなものでアドレスは現久喜市のままのもので良かったが、町民に対し配慮をしてあげた結果だと思うがkskw.jpという大変素晴らしいものになった。
一方、蓮田市・白岡町合併協議会アドレスには白岡町への配慮が見られなく、多くの白岡町民が我が久喜市と合併すれば良かったと思わせるものだ。
そのウェブサイトを見てみると我が久喜市中心の合併協議会よりも遅く出来たにもかかわらず我が久喜市のものよりも大変充実をしている。
きっと我が久喜市の方はもっと素晴らしいものを時間を掛けて作っているのだろう。
蓮田のほうの合併協議会にはHitotsu no Shiと非常におもしろいものがある。このようなセンスの方はきっと我が久喜市のほうにいないと思うが、ぜひともがんばっていただきたいものである。
Posted by admin on 23rd, 2008
我が久喜市で催された提灯祭で感動をしたシーンは何かといろんな人に尋ねてみた。
すると驚いたことに全員の答えが一致をしていた。それはなんと素晴らしい来賓方の挨拶である。
やはり祭の醍醐味は来賓の方々の挨拶であろう。とても素晴らしい内容であったと聞いている。
そんな中、7月22日に開かれた合併協議会でまたしても新市名を「久喜市」とし、役所の位置も現・久喜市役所の位置という取り決めがまた継続協議になってしまった。
このことは非常に残念であるとしか言いようのないことである。新市名は「久喜市」と多くの市民や町民達の間で既に認知されているものだから、継続協議にしたことは大きな間違いではなかろうか。もし継続協議にしたほうがいいと言った委員が久喜市以外の者なら、将来的にその町に対し予算の配分を少なくするなどを考えていただきたいものである。
もし久喜市の委員が言っているのであれば、それは周辺の町に配慮した結果ではなかろうか。
7月22日に開かれた合併協議会の資料(PDF)を見ると非常に残念なことが載っていた。それは新市における町名・字名の取扱いである。
もちろん我が久喜市や我が久喜市と合併を切望している正しい方が非常に多い鷲宮町では一部の箇所(例・中央→久喜中央となる)であるが、菖蒲町や栗橋町は久喜市菖蒲町小林や久喜市栗橋町新井のような非常に長く、書くのにも時間の掛かる残念なものになってしまう可能性が非常に高い。
また久喜市の一部になるのだからそのような住所は一体感を出すためにも認められるものではないだろう。
このことについて良識のある菖蒲町民や栗橋町民の皆さんはどう思うだろうか。きっと反対するに違いない。
小さなことに拘らず、我が久喜市の発展のために共に身を尽くしていただきたいものである。
Posted by admin on 18th, 2008
最近、我が久喜市を中心とする合併を批判する方がいる。しかしそのような批判をする方は合併に代わるプランを何も用意していないし、持っているとしてもアニメのような現実味のないものがほとんどだ。
そのような方は自身の見識のなさを示しているようなものであり、恥ずかしいものだ。
そして新市名の「久喜市」を批判している方もまだいることにも、私は大変驚いている。本当に・・・
そんな中、我が久喜市で行われる広大な(計画面積 約39.5ヘクタール)開発、「清久工業団地周辺地区土地区画整理事業」の開発の施工業者が清水建設株式会社とエム・ケー株式会社に決定されたという情報がある議員のウェブサイトに載っていた。
私はこの素晴らしい開発が成功するものだと確信している。
例えば、圏央道ができると我が久喜市を通る東北自動車道から他の高速道路への移動時間は劇的に短縮される。
他にも多くの期待があることがこの記事から分かるので是非目を通していただきたいものである。(新しい物流ネットワークの誕生)
そして、我が久喜市が周辺の他のどの市よりも素晴らしいものを持っているかということを感じていただきたいものだ。
Posted by admin on 14th, 2008
以前、みなさんに我が久喜市を中心とした1市3町の合併協議会のウェブサイトのアドレスをお知らせしたが、ついにそのウェブサイトがオープンした。
このことは我が久喜市や我が久喜市と合併したい町にとって非常に大きなことだと言える。
そして、何よりも私達が求めているのは正しい合併情報である。そこで私は皆さんに正しい合併情報を提供する場を設けた。
まだ中身は合併協議会同様完成をしていないが、合併協議会のウェブサイトが充実したら私のウェブサイトも充実をするだろう。
Posted by admin on 11th, 2008
洞爺湖サミットが無事に閉幕した。これは我が久喜市の偉大なる方と同じ大学出身の方のおかげではなかろうかと思う。
我が久喜市が周辺の市町のなかで強いリーダーシップをとれるのも、きっと共通した何かがあるに違いない。
そしてやはり中心となるものが必要だと改めて感じさせるものであった。
世界の秩序を守るのはやはり強い国だ。もちろんこれは我が久喜市周辺にも言えることだ。我が久喜市があることによってその周辺地域は発展をしてきたことは言うまでもない。
合併後の皆さんにはそのようなことをぜひ頭の片隅に留めていただきたいものである。
そんな中、三井不動産グループはJR武蔵野線・新三郷駅における開発の着工を発表した。(三井不動産のニュースリリース)
この開発(ららシティ)は非常に大きなものであり、我が久喜市のような発展を遂げると確信させるものである。
一つの地区で物流、商業、住宅を一気に開発する非常に素晴らしいものだ。(各施設の計画概要-PDF)
高速道路、工業、大きな開発がない市はますます影が薄くなるだろう。
しかし、私はどっかのブログの方とは違って現実というものを知っている。我が久喜市でこのようなことは不可能なのである。
素晴らしさに限界というものはないが、我が久喜市はすでに偉大なる成長をしてしまったのである。
そこで私達は考えなくてはならないことがある。それは我が久喜市の素晴らしさをどうすれば後世に伝えられるかをだ。
我が久喜市は合併をし、さらに大きく偉大なる市になるが新・久喜市全体で素晴らしさを保つことは不可能である。
そこで私は改めて主張をしたい。それは田舎は諦め、現・久喜市の発展に力を注ぐようにしていただきたい。
栗橋、菖蒲や鷲宮に何があるのだろうか。あるといえば我が久喜市へ頻繁に行く人間があるということだけだ。そのような人たちのためにも我が久喜市を発展させることは大変良い事である。
しかし、それだけだと大きな問題が出るかもしれない。そこで私は我が久喜市への移動のために使う道路の建設は全面的に賛成をする。田んぼの真ん中の道路よりも我が久喜市への移動のための道路の方が投資効果以上に大きなものが生まれるのである。
正しい市民や新市民の皆さんもそのようなことを考え、正しい投票行動をしていただきたいものである。