久喜の新時代が始まる
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菖蒲町民、栗橋町民に大きな手間 合併後の新住所
7月 23rd
我が久喜市で催された提灯祭で感動をしたシーンは何かといろんな人に尋ねてみた。
すると驚いたことに全員の答えが一致をしていた。それはなんと素晴らしい来賓方の挨拶である。
やはり祭の醍醐味は来賓の方々の挨拶であろう。とても素晴らしい内容であったと聞いている。
そんな中、7月22日に開かれた合併協議会でまたしても新市名を「久喜市」とし、役所の位置も現・久喜市役所の位置という取り決めがまた継続協議になってしまった。
このことは非常に残念であるとしか言いようのないことである。新市名は「久喜市」と多くの市民や町民達の間で既に認知されているものだから、継続協議にしたことは大きな間違いではなかろうか。もし継続協議にしたほうがいいと言った委員が久喜市以外の者なら、将来的にその町に対し予算の配分を少なくするなどを考えていただきたいものである。
もし久喜市の委員が言っているのであれば、それは周辺の町に配慮した結果ではなかろうか。
7月22日に開かれた合併協議会の資料(PDF)を見ると非常に残念なことが載っていた。それは新市における町名・字名の取扱いである。
もちろん我が久喜市や我が久喜市と合併を切望している正しい方が非常に多い鷲宮町では一部の箇所(例・中央→久喜中央となる)であるが、菖蒲町や栗橋町は久喜市菖蒲町小林や久喜市栗橋町新井のような非常に長く、書くのにも時間の掛かる残念なものになってしまう可能性が非常に高い。
また久喜市の一部になるのだからそのような住所は一体感を出すためにも認められるものではないだろう。
このことについて良識のある菖蒲町民や栗橋町民の皆さんはどう思うだろうか。きっと反対するに違いない。
小さなことに拘らず、我が久喜市の発展のために共に身を尽くしていただきたいものである。
ついにkskw.jp(久喜市・菖蒲町・栗橋町・鷲宮町合併協議会)が開設される
7月 14th
以前、みなさんに我が久喜市を中心とした1市3町の合併協議会のウェブサイトのアドレスをお知らせしたが、ついにそのウェブサイトがオープンした。
このことは我が久喜市や我が久喜市と合併したい町にとって非常に大きなことだと言える。
そして、何よりも私達が求めているのは正しい合併情報である。そこで私は皆さんに正しい合併情報を提供する場を設けた。
まだ中身は合併協議会同様完成をしていないが、合併協議会のウェブサイトが充実したら私のウェブサイトも充実をするだろう。
kskw.jpにアクセスしよう
7月 1st
もう7月だ。我が久喜市の情熱のように熱く、暑い日々が始まろうとしている。
そんな中、我が久喜市を中心とした『久喜市・菖蒲町・栗橋町・鷲宮町合併協議会』が皆さんに正しい情報を伝えるために、ドメインを取得した。
アドレスはkskw.jpである。
まだページはできてないが、そこからは非常に素晴らしく正しい情報が伝わるに違いないだろう。
そして私も正しい形でkskwに参加をする予定である。
合併協議会だより第2号も我が久喜市が中心であると感じさせる
6月 29th
最近、我が久喜市の近くの某市の議会は大変らしい。一方我が久喜市の議会は大変安定をしている。
どうして我が久喜市の議会が大変安定しているのかを考えると、それは大変立派な方がいるからではなかろうか。
多くの市民に現市長を支持するかを聞いたら、80パーセント以上が支持をすると答えるに違いないだろう。やはり正しい市民には正しいものを選ぶ目があるのである。
合併し、久喜市民になる町民の方々には正しいものを選ぶ能力を合併までに身に付けていただきたいものである。
そんな中、合併協議会だより2号が発行された。(PDF)
今週の表紙も我が久喜市が合併の中心であることを示すためか、我が久喜市で催されている「提灯祭り」であった。
きっと多くの町民たちもこの素晴らしい祭りに参加をし、感動をしているだろう。
合併協議会だより2号の中身は住民意識調査の内容の説明と新市基本計画という、多くの住民にはまったく関係のないものであり興味のないものであった。
しかし私達はこれからの我が久喜市のあり方を考えなくてはならない。強い久喜市ではなくてはならいのだ。
これからの久喜市のあるべき姿は、今の久喜市を中心にした開発であり、畑の真ん中に道路を作ることではないのである。
我が久喜市と合併をすると、今までなかった民主主義が現れることになるだろう。それを町民の方々には受け入れていただきたいものである。
当然だが、新市の名称は久喜市だ
6月 26th
先日、JR宇都宮線で事故があり大変な遅れが出た。
しかし、幸い我が久喜市には東武鉄道の始発着駅があるおかげで普段よりも少し遅くなっただけですんだ。
このことは我が久喜市の素晴らしい利便性を改めて感じさせる出来事であったに違いない。
そして多くの市民の方や久喜駅を使う利用者の皆さんは久喜行きがJRにもあったらいいなと思ったに違い。
そんな中、2008年6月25日に開かれた我が久喜市を中心とする第2回久喜市・菖蒲町・栗橋町・鷲宮町合併協議会で二つの非常に重要なことが話し合われた。
まず一つは新市の事務所の位置である。当たり前のことすぎて驚かないかもしれないが、我が久喜市にある現久喜市役所がもっとも適切であろう。
これは多くの市民とって一番最適な場所である。他の町の役場は総合支所として扱われるが、真の効率化を目指し将来的には現久喜市以外の所は廃止をしていただきたいと私は思うし、多くの良識ある方はそう思うに違いないだろう。
そして新市名のことである。
私達の生活にもっとも直結する新市名は「久喜市」が一番正しい判断ではなかろうか。
もしそうなったら多くの市民にとっての勝利でもあり、多くの町民達も喜ぶだろう。
私のウェブサイトもドメインを変えなくて済む。
早いかもしれないが、何もなければ「久喜市」に決定するので、これからは多くの町民に久喜市民としての品格や正しい民主主義の知識を持っていただきたいものである。
そして一致団結をして我が久喜市の発展(現久喜市)に力を貸していただきたいものである。
なぜならそのことが新・久喜市の最大の利益だからである。
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