Posted by admin on 29th, 2008
非常に強い雨が降り、鉄道などに大きな遅れが出た。(2008年8月28日の10分ごとの我が久喜市のアメダス)(関東一部で記録的大雨 気象庁、注意呼びかけ-日経ネット)
我が久喜市の久喜駅で非常に多くの利用者をもつJR宇都宮線は栗橋駅でのポイント故障の影響などで非常に遅れていた。
多くの利用者が東武線みたいに久喜駅で分断をしていただきたいと思っただろう。私もその一人だ。小さな利益よりも大きな利益を優先していただきたいものである。
そんな中、昨日(2008年8月28日)に開かれた第4回久喜市・菖蒲町・栗橋町・鷲宮町合併協議会において新市名が「久喜市」になることが確認された。予定より遅れたが満足のいくものである。やはり久喜市以外の選択肢はなかったのである。
この決定に多くの久喜市民以外の方が喜んでいると聞く。
鷲宮町在住の男性は「最近、鷲宮町のイメージが自分の望んでないものになっていましたが、久喜市になって嬉しいです。」と仰っていた。
菖蒲町、栗橋町、鷲宮町は一部の方しか知らないぐらいの地名度の町である。残念ながらなくなってしまっても多くの方が気付かないのではなかろうか。
しかし、久喜市がなくなってしまうと周辺地域にも、経済的にも多大な影響を出すことなる。そのことは多くの方が知っていた。
久喜市民になる菖蒲町民、栗橋町民、鷲宮町民たちは久喜市民としての自覚と品格をもち、恥ずかしいことはやらないでいただきたいものだ。
Posted by admin on 18th, 2008
多くの方が楽しいお盆休みをすごしただろう。そして我が久喜市に帰ってきてこう思ったに違いない。やはり久喜は本当に素晴らしいなと。
圏央道の工事が着々と進むにつれて、新しい我が久喜市の発展を想うと多くの方は震えが止まらないだろう。
そして東北への玄関口となる我が久喜市は今よりも更なる注目を浴びるに違いない。
そのような注目が集まる中、新久喜市の一部になる菖蒲町に圏央道のパーキングエリアができる。
パーキングエリアといえば、構造改革の素晴らしい成果のおかげで最近は多彩になり、多くの方が構造改革は成功だったと肌で感じられるものだ。
例えば、つい最近にできた圏央道狭山PAはこのような周辺の名物を売っている。(狭山PA外回り ショッピングコーナー情報)
非常にどれも素晴らしく多くの利用者が買ってしまうものだろう。
なら我が久喜市にできる菖蒲PAは何を販売したらよいだろうかと考える。
残念ながら我が久喜市周辺は我が久喜市だけが発展をしたせいかこれといった名物は我が久喜市以外にはないのが実情だろう。だが我が久喜市には非常に多くの名物がたくさんあることは多くの皆さんが知っている。なので紹介をする必要はないだろう。
開設されるまでにはもう我が久喜市の一部になっていることだろうから、我が久喜市の素晴らしさを我が久喜市より北の東北の方々や日本中に知らしめるものにしていただきたいものである。
Posted by admin on 5th, 2008
非常に強い雨の日がとても多い。しかし、そのような強い雨でも多くの市民や兆民達の合併への想いは流されないだろう。
そして、そのような雨には対応をするには正しい公共事業が必要である。
そんな中、合併協議会だより第3号が発行された。
今回の表紙は残念ながら我が久喜市ではない。本多静六という新・久喜市にはあまり関係のない人物だ。
今月の合併協議会だよりの中身は、新市名が「久喜市」になったとか、役所の位置が現・久喜市役所になったということが本来は載るはずであった。
しかし一部の委員のせいでそうならかったことは残念である。
そして、今どうして合併が必要かというページがある。
多くの皆さんはもう既に分かっていると思うが、それは素晴らしい久喜市を作るためである。
Posted by admin on 23rd, 2008
我が久喜市で催された提灯祭で感動をしたシーンは何かといろんな人に尋ねてみた。
すると驚いたことに全員の答えが一致をしていた。それはなんと素晴らしい来賓方の挨拶である。
やはり祭の醍醐味は来賓の方々の挨拶であろう。とても素晴らしい内容であったと聞いている。
そんな中、7月22日に開かれた合併協議会でまたしても新市名を「久喜市」とし、役所の位置も現・久喜市役所の位置という取り決めがまた継続協議になってしまった。
このことは非常に残念であるとしか言いようのないことである。新市名は「久喜市」と多くの市民や町民達の間で既に認知されているものだから、継続協議にしたことは大きな間違いではなかろうか。もし継続協議にしたほうがいいと言った委員が久喜市以外の者なら、将来的にその町に対し予算の配分を少なくするなどを考えていただきたいものである。
もし久喜市の委員が言っているのであれば、それは周辺の町に配慮した結果ではなかろうか。
7月22日に開かれた合併協議会の資料(PDF)を見ると非常に残念なことが載っていた。それは新市における町名・字名の取扱いである。
もちろん我が久喜市や我が久喜市と合併を切望している正しい方が非常に多い鷲宮町では一部の箇所(例・中央→久喜中央となる)であるが、菖蒲町や栗橋町は久喜市菖蒲町小林や久喜市栗橋町新井のような非常に長く、書くのにも時間の掛かる残念なものになってしまう可能性が非常に高い。
また久喜市の一部になるのだからそのような住所は一体感を出すためにも認められるものではないだろう。
このことについて良識のある菖蒲町民や栗橋町民の皆さんはどう思うだろうか。きっと反対するに違いない。
小さなことに拘らず、我が久喜市の発展のために共に身を尽くしていただきたいものである。
Posted by admin on 16th, 2008
多くの人たちが今年の夏もどこかに出掛けるだろう。私も素晴らしいものとは何かをいうとても難しい問いの答えをみつけるために海外に行くつもりである。
そして私は思うことがある。圏央道ができたらもっと早く成田に行けただろうと。
しかし疑問に思うこともある。それは東北自動車道よりも東側は圏央道は本当に必要なのだろうかと。
この答えも大変難しいもだと私は思う。そして多くの人も大変難しいものだと考えたのだろう。だから暫定2車線になったのではなかろうか。
そんな中、建材メーカ大手の「YKK AP」が、将来我が久喜市の一部になる菖蒲南部産業団地の約8.7ヘクタールを54億円で取得することになった。
そしてイザの記事にYKK APの社長が菖蒲町の土地を取得したことについて「きっかけは(平成)24年に開通する圏央道。」と述べられたことが載っていた。
このことは新・久喜市にとって非常に大きく素晴らしい出来事であり、これからの我が久喜市の圏央道に伴う開発の大きな一歩となる出来事に違いない。
圏央道もでき、大きな企業も我が久喜市にくる。この素晴らしい流れに多くの他の地域の方が指を咥えているに違いない。
皆さんも強い久喜市を造るために合併に全面的に賛成しよう。
関連記事
YKK AP 菖蒲に新工場建設 県、産業団地を先行分譲 2008年7月16日(埼玉新聞)
Posted by admin on 14th, 2008
以前、みなさんに我が久喜市を中心とした1市3町の合併協議会のウェブサイトのアドレスをお知らせしたが、ついにそのウェブサイトがオープンした。
このことは我が久喜市や我が久喜市と合併したい町にとって非常に大きなことだと言える。
そして、何よりも私達が求めているのは正しい合併情報である。そこで私は皆さんに正しい合併情報を提供する場を設けた。
まだ中身は合併協議会同様完成をしていないが、合併協議会のウェブサイトが充実したら私のウェブサイトも充実をするだろう。
Posted by admin on 13th, 2008
梅雨はまだあけてないそうだ。しかしなんでこんなにも暑いのだろうか。
それは合併への情熱のせいではなかろうか。提灯祭りでも3町から多くの人たちがきて、早く我が久喜市と合併したいと思ったに違いない。
そんな中、見上げて見るとモラージュ菖蒲の広告が車内にあった。そして、今朝の新聞にも折り込み広告があった。
モラージュのウェブサイトを見ると求人情報が載っていたのでどのような店舗が入るかを紹介をしたい。
この中に我が久喜市のような偉大なものになるのはあるのか、ないのか分からないが、何もない菖蒲町にとっては非常に大きなことだろう。
ぜひともがんばっていただきないものである。
Posted by admin on 1st, 2008
もう7月だ。我が久喜市の情熱のように熱く、暑い日々が始まろうとしている。
そんな中、我が久喜市を中心とした『久喜市・菖蒲町・栗橋町・鷲宮町合併協議会』が皆さんに正しい情報を伝えるために、ドメインを取得した。
アドレスはkskw.jpである。
まだページはできてないが、そこからは非常に素晴らしく正しい情報が伝わるに違いないだろう。
そして私も正しい形でkskwに参加をする予定である。
Posted by admin on 29th, 2008
最近、我が久喜市の近くの某市の議会は大変らしい。一方我が久喜市の議会は大変安定をしている。
どうして我が久喜市の議会が大変安定しているのかを考えると、それは大変立派な方がいるからではなかろうか。
多くの市民に現市長を支持するかを聞いたら、80パーセント以上が支持をすると答えるに違いないだろう。やはり正しい市民には正しいものを選ぶ目があるのである。
合併し、久喜市民になる町民の方々には正しいものを選ぶ能力を合併までに身に付けていただきたいものである。
そんな中、合併協議会だより2号が発行された。(PDF)
今週の表紙も我が久喜市が合併の中心であることを示すためか、我が久喜市で催されている「提灯祭り」であった。
きっと多くの町民たちもこの素晴らしい祭りに参加をし、感動をしているだろう。
合併協議会だより2号の中身は住民意識調査の内容の説明と新市基本計画という、多くの住民にはまったく関係のないものであり興味のないものであった。
しかし私達はこれからの我が久喜市のあり方を考えなくてはならない。強い久喜市ではなくてはならいのだ。
これからの久喜市のあるべき姿は、今の久喜市を中心にした開発であり、畑の真ん中に道路を作ることではないのである。
我が久喜市と合併をすると、今までなかった民主主義が現れることになるだろう。それを町民の方々には受け入れていただきたいものである。
Posted by admin on 26th, 2008
先日、JR宇都宮線で事故があり大変な遅れが出た。
しかし、幸い我が久喜市には東武鉄道の始発着駅があるおかげで普段よりも少し遅くなっただけですんだ。
このことは我が久喜市の素晴らしい利便性を改めて感じさせる出来事であったに違いない。
そして多くの市民の方や久喜駅を使う利用者の皆さんは久喜行きがJRにもあったらいいなと思ったに違い。
そんな中、2008年6月25日に開かれた我が久喜市を中心とする第2回久喜市・菖蒲町・栗橋町・鷲宮町合併協議会で二つの非常に重要なことが話し合われた。
まず一つは新市の事務所の位置である。当たり前のことすぎて驚かないかもしれないが、我が久喜市にある現久喜市役所がもっとも適切であろう。
これは多くの市民とって一番最適な場所である。他の町の役場は総合支所として扱われるが、真の効率化を目指し将来的には現久喜市以外の所は廃止をしていただきたいと私は思うし、多くの良識ある方はそう思うに違いないだろう。
そして新市名のことである。
私達の生活にもっとも直結する新市名は「久喜市」が一番正しい判断ではなかろうか。
もしそうなったら多くの市民にとっての勝利でもあり、多くの町民達も喜ぶだろう。
私のウェブサイトもドメインを変えなくて済む。
早いかもしれないが、何もなければ「久喜市」に決定するので、これからは多くの町民に久喜市民としての品格や正しい民主主義の知識を持っていただきたいものである。
そして一致団結をして我が久喜市の発展(現久喜市)に力を貸していただきたいものである。
なぜならそのことが新・久喜市の最大の利益だからである。